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2. 生理活性脂質スフィンゴシン 1-リン酸の生理機能と代謝


脂質メディエーターとしてのスフィンゴシン 1-リン酸

スフィンゴ脂質代謝産物であるスフィンゴシン 1-リン酸(S1P)は血漿中に数百 nM の濃度で存在する脂質メディエーターである。S1P は細胞膜上に存在する S1P 受容体のリガンドとして細胞運動制御,アクチン骨格形成,細胞増殖,接着結合形成など様々な細胞応答を引き起こす1, 2)。S1P 受容体は S1P1−S1P5 がこれまでに同定されているが,S1P1 が生理的に最も重要である。これらは互いにホモロジーの高い G 蛋白質共役型受容体であり,それぞれが特異的な G 蛋白質を介して細胞内にシグナルを伝達する(図 5)。

Fig5
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 S1P は血漿中に多く見られることから,血漿に接している血管内皮細胞,リンパ球への効果が生理的に重要である。前者(血管系)においては胎生期の血管形成に重要であり,後者(免疫系)においてはリンパ球の胸腺・二次リンパ組織からの移出過程に必須である。T リンパ球は胸腺で成熟後,血液へと移出し,血液と二次リンパ組織中を循環する(図 6)。未感作 T リンパ球は二次リンパ組織へ移行後,抗原を提示されなかった場合はそのまま血液へと戻るが,抗原提示細胞によって提示された抗原を認識した場合はエフェクター細胞へと分化,増殖後,血液へと戻る。胸腺及び二次リンパ組織からの移出には,S1P および S1P1 が中心的な働きをしている2, 3)。リンパ球上に発現している S1P1 が,胸腺−血漿間,あるいは二次リンパ組織−リンパ液−血漿間の S1P 濃度勾配に依存した化学遊走を引き起こす。あるいは二次リンパ組織からの移出を制御している内皮細胞上の S1P1 が,内皮細胞間の接着結合を調節しているという説もある。もし,リンパ球上の S1P1 がなくなるか,S1P 濃度勾配が破壊されると T リンパ球は胸腺あるいは二次リンパ組織から移出できなくなり,循環 T リンパ球が減少して免疫抑制が引き起こされる。多発性硬化症の治療薬である新規免疫調整剤フィンゴリモド(開発コード名 FTY720)は生体内でリン酸化されてフィンゴリモドリン酸に変換後,S1P1 のリガンドとして作用し,S1P よりも強力に細胞表面からダウンレギュレートさせることで免疫抑制を引き起こす。

Fig6
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上述のように,組織−血漿間の S1P 濃度勾配維持は極めて重要である。一般的に組織内の S1P 濃度は低く保たれているが,これは合成酵素であるスフィンゴシンキナーゼよりも,分解酵素である S1P リアーゼ,S1P ホスファターゼの活性が優勢であるからである。生化学研究室ではこれまで,これらの S1P 代謝酵素に関して以下のような知見を得た。


代謝中間体としてのスフィンゴシン 1-リン酸

 S1P は脂質メディエーターとしては細胞外で機能するが,産生場所は細胞内である。殆ど全ての細胞で S1P は産生されるが,一部の細胞(血球や血管内皮細胞等)のみが S1P を細胞外へ放出する。S1P を放出するトランスポーターとして SPNS2 と MFSD2B が同定されている。他の細胞では(おそらく S1P を放出する血管内皮細胞においても)大部分の S1P は細胞外へ放出されることなく,細胞内で代謝される。S1P が細胞内でセカンドメッセンジャーとして機能するという説もあるが,実際のところは細胞内の S1P には代謝中間体としての役割が大きいように思われる。スフィンゴ脂質の疎水性部分は分解過程(セラミダーゼによる分解)で,脂肪酸と長鎖塩基(S1P の場合はスフィンゴシン)に変換される。スフィンゴシンは再度脂肪酸と結合してセラミドとなり,スフィンゴ脂質へ再利用される(Salvage 経路)か,S1P を介して最終的にパルミトイル CoA にまで代謝される(図7)。スフィンゴシンに由来するパルミトイル CoA はその後大部分がグリセロ脂質へと代謝されるが,一部は β 酸化やスフィンゴ脂質にも利用されうる。後者の経路はスフィンゴ脂質の長鎖塩基部分をグリセロリン脂質へと代謝する唯一の経路であり,この経路が破綻すると細胞はスフィンゴ脂質を減少させることができない。そのため,S1P を介したこの代謝経路はスフィンゴ脂質のホメオスタシスに重要であり,その異常は正常な細胞機能を損なわせるおそれがある。実際,スフィンゴシン代謝経路において最初の不可逆反応を触媒する S1P リアーゼ SGPL1 遺伝子の変異は遺伝性疾患(シャルコー・マリー・トゥース病あるいはステロイド抵抗性ネフローゼ症候群)を引き起こす。また,Sgpl1 をノックアウト(KO)したマウスでは,肝臓での代謝異常,肺,心臓,尿管,骨の形態異常などの様々な障害が見られ,寿命も約1ヶ月と短い。S1P(長鎖塩基1-リン酸)の代謝中間体としての役割は,酵母から哺乳類までスフィンゴ脂質が存在する全ての生物で保存された普遍的なものである。一方,脂質メディエーターとしての機能は進化の過程では脊索動物以降に獲得した比較的新しいものである。

Fig7
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 スフィンゴシンの分解経路において,S1P リアーゼの産物であるトランス-2-ヘキサデセナール以降の代謝経路と関与する遺伝子は長年不明であった。生化学研究室ではこれらの解明を目指して研究を行った結果,スフィンゴシンだけでなく,ジヒドロスフィンゴシンとフィトスフィンゴシンを含めた長鎖塩基分解経路の全容を解明することに成功した(図7)14-20)。長鎖塩基分解経路では,長鎖塩基の種類に関わらず,リン酸化(長鎖塩基 1-リン酸産生),開裂(長鎖アルデヒド産生),酸化(長鎖脂肪酸産生),CoA 付加(アシル CoA 産生)という共通ステップが存在する。生化学研究室では酸化反応を脂肪族アルデヒドデヒドロゲナーゼ(動物,ALDH3A2;酵母,Hfd1),CoA 付加反応をアシル CoA 合成酵素(動物,ACSL1−6, ACSVL1, 4, ACSBG1;酵母,Faa1, Faa4)が触媒することを明らかにした21, 22)。最も単純な長鎖塩基であるジヒドロスフィンゴシンはこの分解経路によってパルミトイル CoA へ変換される。C4−5 位間に二重結合を持つスフィンゴシンもジヒドロスフィンゴシンと同様にパルミトイル CoA へと代謝されるが,そのためには飽和化の反応が必要である。生化学研究室ではトランス-2-エノイル CoA レダクターゼ(TECR)がトランス-2-ヘキサデセノイル CoA からパルミトイル CoA への反応を触媒することを見出した23)。長鎖塩基の代謝に関与することが明らかとなった脂肪族アルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子 ALDH3A2 はシェーグレン・ラルソン症候群(SLS)の原因遺伝子である。SLS は皮膚魚鱗癬,精神遅滞,痙性対麻痺を特徴とする遺伝性疾患であり,ALDH3A2 の基質アルデヒドの蓄積が SLS 発症の原因であると考えられている。しかし,生体内のどの脂肪族アルデヒドが ALDH3A2 の主要な基質で,何に由来するかは未だ不明である。我々の結果は,スフィンゴシン代謝経路由来のヘキサデセナールが SLS 発症に関与する可能性を示すものである。

 ALDH3A2 は S1P 由来のヘキサデセナールの代謝に中心的な役割を果たすが,ALDH3A2 が欠損した細胞でも完全には S1P 代謝経路は遮断されない。これは ALDH3A2 と相同性を示す他の脂肪族アルデヒドデヒドロゲナーゼが働くからである。生化学研究室では ALDH3B1,B2,B3 が ALDH3A2 と同様にヘキサデセナールを含む長鎖アルデヒドに高い活性を示すことを明らかにした24, 25)。これらの脂肪族アルデヒドデヒドロゲナーゼの基質特異性は類似しているが,細胞内局在は異なっている(ALDH3A2,小胞体;ALDH3B1と ALDH3B3,細胞膜;ALDH3B2,脂肪滴)。S1P のグリセロリン脂質への代謝は全て小胞体で行われるので,S1P 代謝への寄与は小胞体に局在する ALDH3A2 が最も高い。Aldh3a2 KOマウスを解析したところ,表皮全体での脂肪族アルデヒドデヒドロゲナーゼ活性に影響は見られず,皮膚バリア形成,水分蒸散量にも変化はなかった26)。これは,マウスにのみ存在する Aldh3b2 による重複した活性に起因していた。一方,表皮の中でも基底層のケラチノサイトでは,Aldh3a2 遺伝子欠損によって脂肪族アルデヒドデヒドロゲナーゼ活性が大きく低下していた。この結果と一致して,基底層やケラチノサイトでは様々な影響(細胞間隙の増大,角質障害時の水分蒸散量,細胞増殖亢進,酸化ストレス亢進など)が見られ,SLS 発症の初期過程を表していると思われる。

 Aldh3a2 の欠損は脳において脂肪族アルデヒドデヒドロゲナーゼ活性を大きく低下させた。SLS では神経症状として痙性対麻痺が見られるが,Aldh3a2 KO マウスではそこまでの重篤な表現型は示さなかったものの運動機能異常が観察された27)Aldh3a2 KO マウスの脳ではミエリンの機能維持に重要なスフィンゴ脂質である2-ヒドロキシガラクトシルセラミドの量の低下が観察された。この原因として,Aldh3a2 KO マウス中ではトランス-2-ヘキサデセナールなどの脂肪族アルデヒドが蓄積し,脂肪酸 2-水酸化酵素 FA2H の基質ポケットに入り込んで活性中心残基を攻撃することが考えられた。

 4 位に水酸基を有する長鎖塩基フィトスフィンゴシンは表皮,胃,小腸,腎臓,肺などの特異的な組織に存在する。フィトスフィンゴシンは酵母では主要な長鎖塩基である。生化学研究室ではフィトスフィンゴシンがスフィンゴシンやジヒドロスフィンゴシンとは異なり,奇数鎖脂肪酸(主にペンタデカン酸)へと代謝されることを見いだした(図 6)。フィトスフィンゴシン代謝の前半はスフィンゴシンやジヒドロスフィンゴシンと同様であり,長鎖塩基 1-リン酸(フィトスフィンゴシン 1-リン酸),長鎖アルデヒド(2-ヒドロキシヘキサデカナール),長鎖脂肪酸(2-ヒドロキシパルミチン酸)へと変換される。フィトスフィンゴシンにはもともと 4 位に水酸基があるため,この代謝の過程で 2 位に水酸基を持つ脂肪酸(2-ヒドロキシパルミチン酸)が産生される。この水酸基の存在がこの後の代謝を特徴的なものとしており,2-ヒドロキシパルミチン酸は α 酸化されることで炭素数を 1 つと水酸基を失う。我々は酵母のフィトスフィンゴシン代謝経路において α 酸化に関わる因子として Mpo1 を同定することに成功した28)。Mpo1 は原核生物から下等真核生物まで保存されたタンパク質ファミリー DUF962(DUF: Domain of Unknown Function)のメンバーである。このファミリーのメンバーはこれまで 3,000 以上見つかっているが,機能が明らかとなったのは Mpo1 が初めてである。その後の解析から Mpo1 は鉄イオンを捕因子とし,2-ヒドロキシ脂肪酸を 1 炭素短い非水酸化脂肪酸へ変換する新しいタイプのジオキシゲナーゼであることを明らかにした29)。Mpo1 の活性には3つの高度に保存されたヒスチジン残基が必要であり,これらが鉄イオンに配位していると予測される30)。Mpo1 はフィトスフィンゴシンから由来する長鎖の 2-ヒドロキシ脂肪酸だけでなく,極長鎖の2-ヒドロキシ脂肪酸も基質とする30)MPO1 遺伝子の欠損は通常の生育条件下では生育速度に影響を与えないが,小胞体ストレスや炭素飢餓条件下では生育の遅延を引き起こす29, 30)

 長鎖塩基の代謝経路と代謝遺伝子群の殆どは酵母から哺乳類まで保存されている。しかし,フィトスフィンゴシン代謝経路中の脂肪酸 α 酸化では酵母と哺乳類で異なっている。哺乳類には Mpo1 ホモログが存在しない。その代わりに哺乳類では,2-ヒドロキシパルミチン酸が 2-ヒドロキシパルミトイル CoA へと変換後,主に 2-ヒドロキシアシル CoA リアーゼ HACL2 によってペンタデカナールへと開裂し,さらに脂肪族アルデヒドデヒドロゲナーゼ ALDH3A2 によってペンタデカン酸へと変換される。HACL2 は生化学研究室で同定した新規 2-ヒドロキシアシル CoA リアーゼであり,小胞体に局在する31)。これまで脂肪酸 α 酸化はペルオキシームで行われるというのが通説であったが,我々は小胞体での脂肪酸 α 酸化の存在を初めて明らかにした。奇数鎖脂肪酸についてはこれまでも,量は少ないものの生体には存在することが知られていた。しかし,これまでは奇数鎖脂肪酸の由来として,脂肪酸合成酵素がアセチル ACP の代わりにプロピオニル ACP を用いた結果生じると考えられてきた。我々の結果はそれ以外にもフィトスフィンゴシンや脂肪酸の 2 位の水酸化で生じた 2-ヒドロキシ脂肪酸の α 酸化で奇数鎖脂肪酸が生じることを示している。事実,フィトスフィンゴシンや 2-ヒドロキシ脂肪酸の多い表皮では奇数鎖セラミドが偶数鎖セラミドの半分程度と多く存在する。奇数鎖脂肪酸自身は特別な生理機能を有していないように思われる。むしろ,この代謝経路はそのままではグリセロ脂質への代謝や β 酸化できない 2-ヒドロキシ脂肪酸を代謝可能な分子へと変換するために存在すると思われる。生体分子は一般的に合成と分解のバランスでホメオスタシスを維持しており,その破綻は様々な細胞機能障害や疾患を引き起こす。我々の見いだした長鎖塩基の代謝経路あるいはフィトスフィンゴシンの奇数鎖脂肪酸へと代謝経路は,分解という観点からスフィンゴ脂質のホメオスタシス維持の分子メカニズムを明らかにしたものである。