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4. 皮膚におけるセラミドとバリア形成

 体表面の大部分を占める表皮は基底層,有棘層,顆粒層,角質層の四層から構成されており,最外層の角質層が透過性のバリア(皮膚バリア)を形成している(図 9)。皮膚バリアは感染症,炎症,アレルギー疾患の原因となる病原体,異物,アレルゲンの侵入を防ぎ,体内からの水分の損失を抑えるという重要な役割を持つ。そのため,バリア機能の低下は感染症,魚鱗癬,アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患を引き起こす。

Fig9  [図拡大]

 皮膚バリア形成で最も重要な役割を果たす構造体は脂質ラメラと呼ばれる脂質の多層構造体である。角質層では最終分化し,脱核したケラチノサイト(角質細胞)が細胞外の脂質ラメラによって覆われている。脂質ラメラを構成する脂質の約 50%(重量比)はセラミドである。セラミドは長鎖塩基と脂肪酸がアミド結合した構造を持つ。哺乳類には 5 種類の脂肪酸 [非水酸化脂肪酸 (N), 2-/α-水酸化脂肪酸 (A), 3-/β-水酸化脂肪酸 (B;マウスのみ), ω-水酸化脂肪酸 (O), リノール酸によってエステル化された ω-水酸化脂肪酸 (EO)]と 5 種類の長鎖塩基 [スフィンゴシン (S), ジヒドロスフィンゴシン (DS), フィトスフィンゴシン (P), 6-ヒドロキシスフィンゴシン (H), 4,14-スフィンガジエン(SD)] (図 3 )との組み合わせからなる 20 クラスのセラミドが存在し,それぞれのクラスは脂肪酸と長鎖塩基の略号の組み合わせで表記される(例:NS,EOSなど)。多くの哺乳類組織のセラミド組成は比較的単純であり,ほとんどが NS であり,NDS も少量存在する。一方,表皮のセラミドは多様性に富んでおり,EO 含有セラミド(アシルセラミド)や H 含有セラミドは表皮にのみ存在する。それぞれのクラスには脂肪酸の鎖長や不飽和度の違いによる異なったセラミド分子種が存在する。生化学研究室では表皮角質層のセラミドを分離・定量できる質量分析法(液体クロマトグラフィー連結タンデム質量分析法;LC-MS/MS)を確立し,ヒトにおいて 21 クラス/345 分子種,マウスにおいて 16 クラス/268 分子種の存在を明らかにしている1)。アトピー性皮膚炎患者では,表皮のセラミドの量の低下,クラス組成の変化,脂肪酸の短鎖化が生じることが知られている。

 表皮セラミドの中でもアシルセラミド(ヒトでは主に EOS,EOP,EOH;マウスでは主に EOS)は皮膚バリア形成に極めて重要である。通常のセラミドが 2 本の疏水鎖構造(脂肪酸と長鎖塩基)であるのに対し,アシルセラミドはリノール酸が加わった 3 本の疏水鎖構造である(図 9)。また,脂肪酸部分の鎖長が通常のセラミドでは C16−24 であるのに対し,アシルセラミドの脂肪酸鎖長は超長鎖の C30−36 である。このようなアシルセラミドの特徴的な構造は脂質ラメラにおけるラメラ構造の形成において重要である。そのため,アシルセラミド産生に関わる遺伝子の変異は,脂質ラメラ形成に異常を生じさせ,先天性魚鱗癬と呼ばれる皮膚角化症を引き起こす。また,アシルセラミドの一部は角質細胞の表面タンパク質と共有結合した結合型セラミドへと変換される。角質細胞の細胞膜は脂質二重層ではなく,結合型セラミドに置き換わっている。このような構造体は角質細胞脂質エンベロープと呼ばれ,脂質ラメラと角質細胞をつなぎとめる役割があると考えられている。つまり,アシルセラミドには脂質ラメラを形成するだけではなく,結合型セラミドの前駆体としての役割もある。

Fig4  [図拡大]

 生化学研究室では脂肪酸伸長酵素 Elovl1 の遺伝子欠損マウスが,表皮でのアシルセラミドと超長鎖セラミドの産生不全のため,皮膚バリア異常と新生致死性を示すことを2013 年に報告にした2)。アシルセラミドは皮膚バリア形成において極めて重要な役割を果たすにも関わらず,その当時,アシルセラミド産生の分子機構は殆ど不明であった。そこで,生化学研究室ではアシルセラミド産生メカニズムの全容解明に向けて研究を開始し,2020 年までに生合成経路の解明と生合成に関わるほぼ全ての遺伝子の同定に成功した。生化学研究室で明らかにしたアシルセラミド合成経路における6つの反応は下記と図 10 の通りである。

 生化学研究室ではこれらアシルセラミド産生の分子機構の解明を通じて,アシルセラミドの増加によるバリア機能改善の方策を見いだし,アトピー性皮膚炎を始めとする皮膚疾患の新たな治療につなげたいと考えている。


研究業績