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1. スフィンゴ脂質関連遺伝子の同定と皮膚セラミド


スフィンゴ脂質関連遺伝子の同定

脂質の生合成・代謝に関わらず,生体内の殆ど全ての化学反応は酵素により触媒されている。各反応を触媒する酵素の遺伝子を同定することはその後の生化学,分子生物学,遺伝学,生理学,病態解析に極めて重要である。例えば,遺伝子欠損体の作成はその遺伝子(あるいは遺伝子産物であるタンパク質)とそのタンパク質生成物(生化学研究室の場合は脂質分子)の生理機能,病態における役割の解明に役立つ。リコンビナントの作成は,酵素の大量発現・精製とin vitro における解析,抗体の作成などに有用である。

 酵母と哺乳類を比較するとセラミドまでの合成経路・代謝経路はよく保存されている。そのため酵母遺伝学はこれらの経路に関わる遺伝子同定において大きな威力を発揮した。実際,殆どのスフィンゴ脂質関連遺伝子の場合,酵母遺伝子がまず同定され,そのホモロジーから哺乳類遺伝子も明らかにされてきた。生化学研究室(旧生体機能化学研究室を含む)ではスフィンゴ脂質関連遺伝子のうち,3-ケトジヒドロスフィンゴシンレダクターゼ FVT1/KDSR(哺乳類)1),セラミド合成酵素 CERS3, 6(哺乳類)2,3),スフィンゴシン1-リン酸ホスファターゼ SPP2/SGPP2(哺乳類)4),IPC マンノシルトランスフェラーゼ CSH1(酵母)5),スフィンゴイド塩基トランスロカーゼ/トランスポーター RSB1(酵母)6)等の新規の遺伝子を同定してきた(図2に記載の遺伝子)。また,セラミド合成酵素 CERS2-6 のリン酸化による制御機構についても明らかにした7)

 生化学研究室ではスフィンゴ脂質からグリセロ脂質への代謝経路における反応(図2;赤矢印)とこの経路に関わる遺伝子(図2)を明らかにした8-10)。詳細については「 2. 生理活性脂質スフィンゴシン1-リン酸の生理機能と代謝」の項で記述するが,これらの遺伝子は脂肪族アルデヒドデヒドロゲナーゼ HFD1(酵母)/ALDH3A2(哺乳類)8),アシル CoA 合成酵素 FAA1FAA4(酵母)/ACSL1-6ACSVL1ACSVL4ACSBG1(哺乳類)8,9),トランス -2-エノイル CoA レダクターゼ TER/TECR(哺乳類)10)である。また,フィトスフィンゴシンから奇数鎖脂肪酸への代謝に関わる新規遺伝子として 2-OH 脂肪酸ジオキシゲナーゼ MPO1(酵母)11)と 2-OH アシルCoAリアーゼ HACL2(哺乳類)12)を同定した。また,下記で詳細に記載するが,皮膚バリア機能に重要なアシルセラミドを産生する遺伝子として,脂肪酸ω水酸化酵素 CYP4F22(哺乳類)13),トランスアシラーゼPNPLA1(哺乳類)14)を同定した。

 スフィンゴ脂質を構成する脂肪酸の多くは極長鎖脂肪酸である。極長鎖脂肪酸の伸長経路に関しては,「3. 極長鎖脂肪酸の産生,生理機能,病態」の項で詳しく記述するが,極長鎖脂肪酸関連の新規の遺伝子として脂肪酸伸長サイクル3ステップ目を触媒する 3-ヒドロキシアシル CoA デヒドラターゼ HACD1-4(哺乳類)を同定した15)

Fig2  [図拡大]

皮膚におけるセラミドとバリア形成

 体表面の大部分を占める表皮は基底層,有棘層,顆粒層,角質層の四層からから構成されており,最外層の角質層がバリアを形成している(図3)。この皮膚透過性バリアの役割は感染症,炎症,アレルギー疾患の原因となる病原体や異物・アレルゲンの侵入を防ぎ,体内からの水分の損失を抑えることにある。このため,バリア機能の低下は感染症や魚鱗癬,アトピー性皮膚炎,乾癬等の皮膚疾患の発症を引き起こす。

 角質層では角質細胞が細胞外に充填された脂質の層構造(脂質ラメラ)によって覆われた構造をとっており(図3),脂質ラメラの疎水性が皮膚透過性バリア機能に重要である。脂質ラメラの主成分(約50%)はスフィンゴ脂質骨格のセラミドである。表皮のセラミドの量,質,鎖長の低下はアトピー性皮膚炎や乾癬の原因となることが知られている。脂質ラメラ中のセラミドは脂質分子の中でも特に高度に疎水化されており,特に表皮特異的なアシルセラミドには炭素数 30-36 の超長鎖脂肪酸が存在し,そのω末端はリノール酸がエステル結合しているため極めて疎水性が高い。アシルセラミドは長い鎖長のみならず,疎水鎖を3本持つという点で他のセラミド分子種とは構造的に大きく異なっており,皮膚バリア機能に特化した分子と言える。角質層のアシルセラミドの一部はリノール酸の加水分解後,露出した水酸基が角質細胞の表面タンパク質と共有結合することで結合型セラミドへ変換される。角質細胞の細胞膜は脂質二重層ではなく,結合型セラミドに置き換わっており,このような構造体は角質細胞脂質エンベロープと呼ばれる。このように,アシルセラミドには脂質ラメラの構成成分としてだけではなく,結合型セラミドの前駆体としての役割がある。

 生化学研究室では脂肪酸伸長酵素 Elovl1 の遺伝子欠損マウスが,表皮の炭素数 26 以上のセラミド(アシルセラミドを含む)量の低下のため,皮膚バリア異常を示し,新生致死となることを明らかにした16)。ELOVL1 は長鎖脂肪酸を極長鎖脂肪酸へと変換する活性を示す。アシルセラミドは皮膚バリア形成において必須であるため,その産生に働く遺伝子変異は先天性魚鱗癬と呼ばれる皮膚疾患を引き起こす。しかし,そのような重要性にも関わらず,アシルセラミド産生の分子機構には長年不明な点が多く残されていた。生化学研究室ではアシルセラミド産生メカニズムの全容解明に向けて研究を行い,これまでにアシルセラミド産生に関わる脂肪酸ω水酸化酵素 CYP4F22 (プレスリリース原稿)とトランスアシラーゼ PNPLA1 (プレスリリース原稿)の同定に成功した13, 14)。CYP4F22 はアシルセラミドの超長鎖脂肪酸部分のω末端の水酸化を触媒する。CYP4F22 遺伝子変異は常染色体劣性先天性魚鱗癬を引き起こすが,この患者の角質層ではアシルセラミド量が通常の約10分の1にまで減少していた。PNPLA1 はトリグリセリドからリノール酸をωヒドロキシセラミドに転移させるという,アシルセラミド産生の最後のステップを触媒する。PNPLA1 遺伝子も常染色体劣性先天性魚鱗癬原因遺伝子である。生化学研究室ではアシルセラミド産生の分子機構の解明を通じて,アシルセラミドの増加によるバリア機能改善の方策を見いだし,アトピー性皮膚炎を始めとする皮膚疾患の新たな治療につなげたいと考えている。

Fig2  [図拡大]