衛生化学と粘膜免疫

私たちは、食べ物や空気、微生物、化学物質など、さまざまな外界のものに囲まれて生きています。衛生化学は、こうした外界の物質が私たちの体にどのような影響を与えるのかを理解し、健康を「衛(まも)る」ための学問です。

免疫学もまた、外界からのさまざまな物質や微生物を認識し、それらに対して生体がどのように応答するのかを研究する学問です。なかでも、腸管や気道などの粘膜は、外界と体内の境界となる最前線です。そこでは、外からの異物や病原体を防ぐだけでなく、必要なものを受け入れ、外界と共存するための巧妙な仕組みが働いています。

私たちの研究室では、粘膜免疫学の視点から、外界と私たちの体との関わりを明らかにし、粘膜免疫研究を通じて衛生化学の発展に貢献することを目指しています。

粘膜上皮研究

私たちの体の表面や、腸管・気道などの内側は「上皮細胞」によって覆われています。上皮細胞は、外界と体内を隔てるバリアとして働く一方で、栄養やさまざまな情報を受け取る役割も担っています。つまり上皮は、単なる「壁」ではなく、外界と体内をつなぐ重要な接点でもあります。

粘膜上皮は、役割の異なる多様な細胞から構成されています。腸管では、吸収上皮細胞が栄養を吸収しながら異物の侵入を防ぐ一方、M細胞は抗原を取り込んで免疫系へ伝え、腸管内分泌細胞は脂質や糖質などを感知して、消化や食欲、代謝の調節に関わります(図1)。

私たちは、こうした特殊な上皮細胞がどのように生まれ、外界の物質を取り込み、その情報を体内へ伝えるのかを研究しています。さらに、これらの仕組みの変化が感染症や免疫疾患などの発症にどのように関わるのかを明らかにすることを目指しています。

M細胞とは 

M細胞は、腸管や気道などの粘膜に存在する特殊な上皮細胞です。通常の上皮細胞が外来異物の侵入を防ぐ「バリア」として働くのに対し、M細胞は細菌やウイルス、食物由来の抗原などを積極的に取り込み、上皮の下に存在する免疫細胞へ受け渡します。この働きによって、外界の情報が免疫系に伝えられ、粘膜免疫応答が誘導されます。

私たちはこれまで、M細胞がどのようにできるのか、その分子機構を明らかにするとともに、M細胞が生体内で果たす役割を研究してきました。その結果、M細胞を介した抗原取り込みが、腸内細菌に対するIgA抗体の産生、血中の腸内細菌特異的抗体を介した大腸炎の抑制、さらに離乳期における新生児自身のIgA産生の開始など、腸管免疫の形成と維持に重要であることを明らかにしてきました。

粘膜上皮におけるトランスサイトーシス機構の解明

M細胞は上皮細胞でありながら、貪食細胞のように細菌などの大きな物質を取り込み、それを細胞の反対側へ運ぶ「トランスサイトーシス(経上皮輸送)」を行います。この能力は、一般的な上皮細胞にはみられないM細胞の大きな特徴です。

私たちは、M細胞がどのように大きな物質を認識・取り込み、細胞内を輸送して免疫細胞へ受け渡すのか、その特殊な細胞内輸送機構の解明を進めています。こうした研究を通して、粘膜が外界の情報を選択的に体内へ取り込む仕組みと、その生理的・病理的意義を明らかにすることを目指しています。

細胞を利用した粘膜薬物送達システムの開発

M細胞を利用した粘膜免疫の人工的制御

通常、粘膜上皮は物質の侵入を防ぐ強固なバリアであり、薬剤を体内へ届けるうえで大きな障壁となります。一方、M細胞は抗原を効率よく取り込み、上皮下の免疫組織へ運ぶ能力を持っています。そこで私たちは、この性質を利用した新しい薬剤送達システムの構築を目指しています。

例えば、目的とする抗原をM細胞へ選択的に届けることができれば、IgA抗体の産生を効率よく誘導する粘膜ワクチンへの応用が期待できます。また、薬剤を粘膜下の免疫細胞へ直接届けることで、局所の免疫応答やリンパ球の活性を制御する新しい治療法につながる可能性があります。

その実現に向けて、M細胞へ目的物質を選択的に送達する方法と、実際にどの程度輸送されたかを評価する実験系の開発を進めています。