
阿波の国、徳島県にはタヌキにまつわる話が沢山あります。あるひと曰く、その理由は、四国中のキツネが安芸の国(広島)に移り住んだので、相対的にタヌキが多くなったからだとか(元禄2年(1689年)、本朝故事因縁集巻二より)。またあるひと曰く、さまざまな騒動を起こした人びとを、タヌキに見立てて言い伝えたとか。そんな徳島県内には数多くのタヌキの小さな祠と共に、それぞれの土地ごとの伝承も残されています(写真① 筆者撮影)。これらタヌキの話は「伝説」であり、「どこどこの」とか、「誰々が」とか、特定できる場所やひとが登場します。そのため、「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが」、などから始まる「昔話」とは異なり、少しだけ現実味を帯びていたりもするのです。
縁あって徳島県に移り住み、10年近い年月が経ちました。研究室横の非常階段から眺める夜の眉山の闇の中。その黒い裾野や中腹には、徳島藩主蜂須賀家の墓所や、大小新旧多くの神社仏閣、そして幾多の墓や墓跡が散在しています。その月影に青白く、そして柑子色に光る有名無名のタヌキたちの眼差し。空想や妄想そして過去と現在が、同じ時空に生々しく絡みついた四国霊場の起点。冬の初めの阿波徳島からの報告です。(一部抜粋)
全文は同窓会HP「芳香ESSAY」より閲覧できます。