一般にはあまり知られていないが,涙液の最表面には油層が存在し(図14A),水分の蒸発を抑制するとともに,表面張力を低下させ,涙液に適度な粘弾性を付与するなどの重要な役割を担っている。涙液のうち油層以外の部分は,従来「水層」と「ムチン層」に区別されてきたが,両者の間に明確な境界は存在しないため,現在ではこれらをまとめて「粘液層」と呼ぶことが多い。油層を構成する脂質は,主として眼瞼の裏側に存在するマイボーム腺から分泌される脂質(総称してマイバム脂質)である1)。一方で,水性成分は涙腺から,ムチン成分は主として結膜上皮の杯細胞(ゴブレット細胞)から分泌されるほか,角結膜上皮細胞に発現する膜結合型ムチンも存在する。
近年,パソコンやスマートフォンの普及やエアコン使用の増加といった生活環境の変化に伴い,ドライアイ患者は増加している。ドライアイは涙液減少型と蒸発亢進型に大別されるが,後者が多数を占め,涙液減少型との合併例を含めると全体の約 8 割に達する。蒸発亢進型ドライアイは涙液油層の異常に起因し,多くの場合,マイボーム腺開口部の閉塞やマイボーム腺の萎縮・脱落などのマイボーム腺機能障害が原因となる。しかし,現在臨床で用いられているドライアイ治療薬は水層およびムチン層を標的としたもののみであり,油層を標的にしたものは存在しない。

マイバム脂質の主成分は,低極性のコレステリルエステル(Chol-E)とワックスモノエステル(WmE)である(図14B)。Chol-E はコレステロールと脂肪酸のエステル体であり,主な鎖長は C22–C34 である。WmE は脂肪酸と脂肪族アルコールのエステル体であり,脂肪酸部分の鎖長は主に C24–C32 である。このように,マイバム脂質の主要成分である Chol-E と WmE の炭化水素鎖は極長鎖から超長鎖に及ぶ。Tg-Elovl1 KO マウスにおいてマイバム脂質が短鎖化し,ドライアイ表現型が観察されたことを契機として(詳細は下記および「3. 極長鎖脂肪酸の産生,生理機能,病態」に記載),我々はマイバム脂質研究を開始した。
マイバム脂質には Chol-E と WmE 以外にも,ワックスジエステル(WdiE),O-アシル-ω-水酸化脂肪酸(OAHFA),コレステリル OAHFA(Chol-OAHFA)といった特徴的な脂質が存在する(図14B)。WdiE はタイプ 1 とタイプ 2 に分類される。タイプ 1 は水酸化脂肪酸のカルボキシ基部分に脂肪酸が,水酸基部分に脂肪族アルコールがエステル結合した構造であり,タイプ 2 は脂肪族ジオールの 2 つの水酸基それぞれに脂肪酸がエステル結合した構造を有する。さらに WdiE は水酸基の位置(α位あるいはω位)が異なるα型(タイプ 1αおよびタイプ 2α)とω型(タイプ 1ωおよびタイプ 2ω)に分類される。涙液油層にはマイバム脂質以外にもリゾホスファチジルコリン,ホスファチジルコリン,スフィンゴミエリンなどのリン脂質が含まれる。Chol-E と WmE が非極性であるのに対し,OAHFA やリン脂質は両親媒性である。WdiE と Chol-OAHFA の極性は Chol-E/WmE と OAHFA/リン脂質の中間に位置する。このことから,我々は油層の最内層(油層と粘液層の境界付近)に両親媒性の OAHFA やリン脂質が局在し,その外側に WdiE および Chol-OAHFA,最外層に Chol-E および WmE が配置するという脂質極性勾配モデルを提唱している(図14A)。このような連続的な極性勾配により,本来は相互に混じり合わない水と脂質が明確な界面を形成することなく,涙液中で安定に維持されると考えられる。
我々がマイバム脂質の研究を始めた当初(2016年),マイバム脂質には多くの不明点が残されていた。主な未解明点としては,マイバム脂質の正確な組成と,各マイバム脂質の産生に関わる遺伝子の多くが不明であった。特に,WdiE に関してはそのタイプすら未解明であった。また,各マイバム脂質クラスには炭化水素鎖の鎖長が異なる多数の分子種が存在するが,その多様性は極めて大きく,ほとんどのクラスにおいて詳細な分子種組成の全体像は不明であった。マイバム脂質組成の解明には分析系の確立が必要であったが,我々は液体クロマトグラフィー連結タンデム質量分析(LC-MS/MS)による分析系を確立し,不明であった WdiE のタイプおよび各マイバム脂質クラスの分子種を明らかにした(詳細は下記の「マイバム脂質の LC-MS/MS による分析」および「マイバム脂質の組成」の項目を参照)。これらの解析から,マイバム脂質には予想以上に多数の分子種が存在することが明らかとなった。マイバム脂質を構成する炭化水素鎖は Chol-E を除き,2 つないし 3 つであるが,各鎖長の組み合わせは分子種数を増大させ,各クラス中に数百から数千の分子種が存在すると見積もられた。マイバム脂質の産生に関わる遺伝子として,我々は ELOVL1,AWAT1,AWAT2,CYP4F22/39,FAR2 を同定した。さらに各遺伝子の KO マウスを作製し,程度の差はあるものの,いずれのマウスもドライアイ表現型を示すことを見出した(詳細は下記の「マイバム脂質産生に関わる酵素/遺伝子」の項目を参照)。
マイバム脂質の分析は,三連四重極型質量分析計と逆相カラムを用いた MRM モードの LC-MS/MS により行った。これらの原理,方法および注意点の詳細については,「4. セラミドによる皮膚バリア形成」の「脂質の LC-MS/MS による分析」の項を参照されたい。
我々の研究以前にマイバム脂質中の WdiE のタイプが不明であった一因として,各タイプに対応する脂質標準品が存在しなかったことが挙げられる。そこで我々は,タイプ 1ω WdiE(1ω-WdiE),タイプ 2α WdiE(2α-WdiE),およびタイプ 2ω WdiE(2ω-WdiE)を化学合成し,LC-MS/MS における条件設定に利用した2, 3)。
マイバム脂質,特に WmE および WdiE には,質量および疎水性が同一の分子種が多数存在し,これらは LC-MS のみでは分離できない。例えば,総炭素数 C32,不飽和度 1 の C32:1 WE には,C16:1 脂肪酸と C26:0 脂肪族アルコールからなる分子種(C16:1/C26:0)が含まれるが,同一の総炭素数および不飽和度をもつ他の分子種(例:C18:1/C24:0)と区別することはできない。WdiE ではさらに多くの分子種が同一の質量および疎水性を有する。そのため,これらの分離には LC-MS/MS が不可欠である。MRM による LC-MS/MS では,Q3 を分子種ごとに設定することで,上述の C32:1 WmE に含まれる個々の分子種も区別して測定することが可能である。一方,同一質量をもつ 2α-WdiE および 2ω-WdiE は同一の Q1 および Q3 値を示すため,MRM 単独では分離できないが,疎水性の差により LC において分離可能である2)。このようにして,我々はマイバム脂質の各分子種に対して,保持時間,Q1 値,Q3 値およびコリジョンエネルギーを最適化することで高精度解析法を確立し,マウスおよびヒトにおけるマイバム脂質組成の全体像を明らかにした(詳細は下記)。
以下に,マイバム脂質クラスごとの分子種組成をマウスおよびヒトについて示す。ヒトのマイバムはマイボーム腺開口部に Sebutape Skin Indicator を押し当てて採取した。マウスのマイバム脂質としては,眼瞼あるいは眼瞼から解剖学的に単離したマイボーム腺から抽出した。ヒトとマウスは,マイバム脂質に含まれる脂質クラスという点では概ね共通していたが,WdiE のタイプには違いが認められるとともに,各脂質クラスにおける分子種組成にもいくつかの相違がみられた。第一に,マウスには 2α-WdiE が存在する一方で,ヒトではほとんど検出されなかった。第二に,多くのマイバム脂質クラスにおいて,脂肪酸部分はマウス,ヒトともに C16:1(パルミトオレイン酸)および C18:1(オレイン酸)が主要成分であるが,マウスでは C16:1,ヒトでは C18:1 がそれぞれ優勢であった。第三に,1ω-WdiE はマウスに比べてヒトの方が多様性に富んでいた。ヒトにおける多様な 1ω-WdiE は,2α-WdiE がほとんど存在しないことを補っている可能性がある。第四に,脂肪酸以外の構成要素において,多くの場合ヒトの方がマウスよりも約 2 炭素短いという特徴が認められた。各マイバム脂質クラスの詳細な分子種については下記に記載する。なお,図15 では各クラス主要な分子種の鎖長を存在比に応じて4 段階のフォントサイズで表記している(最も多い分子種はボールドかつ最大サイズ)。なお,炭素鎖長が多様な他の分子種も実際には多数存在するが,図では簡略化のため省略している。各脂質クラスの分子種組成の詳細については,本記載の基となった我々の原著論文を参照されたい(ヒトマイバム脂質全般4),マウス Chol-E5),WmE5, 6),1ω-WdiE3, 5),2α-WdiE2, 3, 5),2ω-WdiE2, 3, 5),OAHFA2, 3),Chol-OAHFA2, 3, 5))。

Chol-E の脂肪酸部分の多くは,ω 末端側が分岐(iso および anteiso 体)しており7),飽和または一価不飽和である。飽和脂肪酸としては C24:0–C27:0 の偶数鎖および奇数鎖のものが多い(図15A)。一方,一価不飽和脂肪酸としては C24:1–C34:1 の偶数鎖が多く認められる。主要な分子種は,マウスでは C30:1 および C32:1,ヒトでは C24:1 である。
WmE の脂肪酸部分は C16:1 と C18:1 が多い。脂肪族アルコール部分の多くは ω 末端側が分岐(iso および anteiso 体)しており7),飽和または一価不飽和である。飽和脂肪族アルコールとしては C24:0–C28:0 の偶数鎖および奇数鎖のものが多い(図15B)。一価不飽和脂肪族アルコールとしては C24:1–C32:1 の偶数鎖が多く認められる。マウスおよびヒトともに C26:0 の分子種が最も多い。
1ω-WdiE は,脂肪酸,ω-水酸化脂肪酸,脂肪族アルコールの 3 つの炭化水素鎖からなるジエステルである。我々の MRM モードでの LC-MS/MS による測定では,Q1 および Q3 の値としてプリカーサーイオンとプロダクトイオンの m/z を設定するため,2 つの構成要素の情報しか得られない。3 つすべての炭化水素鎖に関する情報を取得するには LC-MS/MS/MS を用いる必要があるが,我々が保有する三連四重極型質量分析計ではそのような測定が行えない。そのため,我々は 1ω-WdiE を脂肪酸+ω-水酸化脂肪酸(すなわち OAHFA)と脂肪族アルコールの 2 つの構成要素に対応する Q1/Q3 値を設定し,測定を行った。他のマイバム脂質クラスの分子種組成はマウスとヒトで大きな差は認められなかったが,1ω-WdiE に関してはやや異なり,ヒトの方が明らかに多様性に富んでいた。特に,OAHFA 部分および脂肪族アルコール部分のいずれにおいても,マウスには存在しないより短い鎖長の分子種がヒトでは認められた。
マウスの 1ω-WdiE の脂肪族アルコール部分は C24:0–C27:0 の飽和が多く,C26:0 が最も多い一方で,OAHFA 部分には二価および三価不飽和の C48–C52 の偶数鎖分子種が多く,C50:3 が最も多い(図15C)。OAHFA 部分中の脂肪酸と ω-水酸化脂肪酸の構成は明らかではないが,マイバム脂質中の脂肪酸部分の多くが C16:1 および C18:1 であり,マウスでは C16:1 が最も多いことを考慮し(Chol-E を除く),脂肪酸部分を C16:1 と仮定した場合,ω-水酸化脂肪酸部分は一価不飽和および二価不飽和の C32–C36 が多く,C34:2 が最も多いと推定される。
ヒトの 1ω-WdiE の脂肪族アルコール部分はマウスよりも多様であり,マウスと同様の飽和極長鎖脂肪族アルコール C24:0–C26:0 に加えて,飽和長鎖脂肪族アルコール C16:0,C17:0 や,一価不飽和極長鎖脂肪族アルコール C24:1,C26:1 も多く認められた。この中で C16:0 をもつ分子種が最も多かった。このような比較的短い飽和長鎖脂肪族アルコール部分は,マウスには見られないヒトの 1ω-WdiE の特徴である。
C16:0 脂肪族アルコールをもつ 1ω-WdiE の OAHFA 部分には C46–C50 の一価,二価,三価不飽和の分子種が多く,C50:2 が最も多かった。これらの OAHFA を構成する脂肪酸部分をヒトに多い C18:1 と仮定すると,ω-水酸化脂肪酸部分は飽和,一価不飽和および二価不飽和の C28–C32 が多く,C32:1 が最も多いと推定される。一方,C26:0 脂肪族アルコールをもつ 1ω-WdiE の OAHFA 部分には,C32–C34(一価および二価不飽和)と C48–C50(二価不飽和)という,鎖長の異なる 2 つのクラスターが認められた。このうち短いクラスターはマウスには存在しなかった。脂肪酸部分を C18:1 と仮定すると,それぞれのクラスターは C14–C16 および C30–C32 の ω-水酸化脂肪酸を含有すると推定される。
上述のヒトマイバム中での 1ω-WdiE の測定においては,脂肪族アルコール部分と OAHFA 部分の組み合わせが膨大となるため,脂肪族アルコール部分として C16:0 および C26:0,OAHFA 部分として C50:2 に絞って測定を行った。上記では比較的量の多い分子種に限定して記載したが,実際にはさらに多くの分子種が検出された。例えば,C16:0 または C26:0 FAl を含有する 1ω-WdiE には,OAHFA 部分の異なる約 70 の分子種が存在した。また,C50:2 OAHFA を含有する 1ω-WdiE には,脂肪族アルコール部分の異なる約 40 の分子種が存在した。これらの結果から,ヒトマイバムにおける脂肪族アルコール部分と OAHFA 部分の組み合わせは最大で 70 × 40 = 2,800 通りと見積もられる。さらに,OAHFA 部分においても脂肪酸と ω-水酸化脂肪酸の組み合わせが最大で 10 通り存在することから,1ω-WdiE の最大分子種数は 2,800 × 10 = 28,000 と見積もられた。実際の存在数がこの 10 分の 1 程度であると仮定しても,約 2,800 という膨大な数の 1ω-WdiE 分子種がマイバム中に存在することになる。
2α-WdiE はマウスには存在するものの,ヒトにはほとんど存在しない。2α-WdiE は 1,2-脂肪族ジオール(1,α-脂肪族ジオール)と 2 つの脂肪酸からなるジエステルである。我々は 2α-WdiE を 1 つの脂肪酸と残りの部分(ジオール–脂肪酸エステル)の 2 つの構成要素に分けて MRM 測定を行った。なお,脂肪酸が 1 位あるいは 2 位のいずれに結合しているかは,我々の測定系では区別できない。2α-WdiE の脂肪酸部分としては C16:1 が最も多く,次いで C16:0 が多かった(図15D)。ジオール–脂肪酸エステル部分としては C40 および C42 の一価不飽和および二価不飽和のものが多く,特に C40:1 および C42:1 が多かった。これらのジオール–脂肪酸エステルを構成する脂肪酸部分を C16:1 と仮定すると,1,2-脂肪族ジオールは C24 および C26 の飽和および一価不飽和で,特に C24:0 および C26:0 が多いと推定される。
2ω-WdiE は 1,ω-脂肪族ジオールと 2 つの脂肪酸からなるジエステルである。2ω-WdiE の測定において,我々は 2α-WdiE の場合と同様に,1 つの脂肪酸と残りの部分(ジオール–脂肪酸エステル)の 2 つの構成要素に分けて MRM 測定を行った。2ω-WdiE の組成はマウスとヒトでよく類似している。両者ともに脂肪酸部分は C16:1 および C18:1 が多く,ジオール–脂肪酸エステル部分は一価不飽和または二価不飽和で,C46–C50 の偶数鎖,特に C48:2 および C50:2 が多い(図15E)。これらのジオール–脂肪酸エステルを構成する脂肪酸部分が,マウスとヒトでそれぞれ C16:1 と C18:1 であると仮定すると,1,ω-脂肪族ジオールは,マウスでは飽和または一価不飽和の C30–C34,ヒトでは C28–C32 が主であり,それぞれ C32:1/C34:1,および C30:1/C32:1 が多いと推定される。
OAHFA は脂肪酸とω-水酸化脂肪酸から構成される。マイバム中の OAHFA の組成は,ヒトとマウスで概ね類似しているが,いくつかの違いも認められる。脂肪酸部分としては C16:1 および C18:1 が多く,ω-水酸化脂肪酸はマウスでは C32:1–C35:1,ヒトでは C28:1–C34:1 の一価不飽和が多く,それぞれ C34:1 および C32:1 が最も多い(図15F)。マウスには C18:2 の脂肪酸をもつ OAHFA も存在したが,これはマイボサイト(マイボーム腺でマイバム脂質を産生・分泌する細胞)が産生したものではなく,マイボーム腺に存在する表皮あるいは上皮細胞のアシルセラミドの分解産物が混入した可能性がある2)。ヒトにおける OAHFA の特徴としては,C24:1 という比較的短いω-水酸化脂肪酸を含有する分子種が比較的多いことが挙げられる。ω-水酸化脂肪酸を産生する CYP4F22 の基質は ≥C28 脂肪酸であることから8),C24:1 のω-水酸化脂肪酸は CYP4F22 以外の水酸化酵素によって産生されると推定される。
Chol-OAHFA は OAHFA(脂肪酸+ω-水酸化脂肪酸)とコレステロールからなるジエステルである。マウスとヒトの Chol-OAHFA の組成はよく類似している。OAHFA 部分は一価不飽和,二価不飽和および三価不飽和の C48–C54(マウス)および C46–C52(ヒト)であり,二価不飽和のものが多い(図15G)。最も多い分子種はマウスおよびヒトともに C50:2 である。OAHFA の脂肪酸部分をマウスでは C16:1,ヒトでは C18:1 と仮定すると,ω-水酸化脂肪酸部分はマウスで C32–C38,ヒトで C28–C34 の飽和,一価不飽和および二価不飽和で,一価不飽和が多く,C34:1(マウス)および C32:1(ヒト)が最も多いと推定される。
以上の各マイバム脂質クラスの組成を総合すると,構成する炭化水素鎖の鎖長には一定の特徴が認められる。まず,脂肪酸部分は基本的に C16:1 または C18:1 であり,マウスでは C16:1 が多く,ヒトでは C18:1 が多い(ただし Chol-E を除く)。脂肪族アルコールおよび 1,2-脂肪族ジオール部分としては C24:0 および C26:0 が多い。ω-水酸化脂肪酸および 1,ω-脂肪族ジオール部分では,一価不飽和または二価不飽和の C30,C32,C34 が主であり,マウスでは C34,ヒトでは C32 が最も多い。これらの ω-水酸化脂肪酸およびジオール部分の炭素鎖長は,ω-水酸化酵素である CYP4F22(ヒト)および CYP4F39(マウス)の基質特異性,すなわち C28 以上の脂肪酸に対して高い活性を示すことと一致する8)。
図 16 に生化学研究室で同定したマイバム脂質の合成に関与する酵素/遺伝子と,それぞれが関与する脂質クラス,さらにそれらの遺伝子を欠損したマウスにおけるドライアイ表現型との関係を示す。各酵素/遺伝子の詳細については,下記に個別に記載する。

ELOVL1 に関しては「4. セラミドによる皮膚バリア形成」にも記載している。生化学研究室では,極長鎖脂肪酸の産生に働く脂肪酸伸長酵素遺伝子 Elovl1 の変異マウス(Tg-Elovl1 KO マウス;皮膚バリア異常による全身 Elovl1 KO の新生致死性を回避するため,表皮以外の組織で Elovl1 が欠損するように設計されたマウス;表皮で Elovl1 が発現するようにインボルクリンプロモーター支配下の Elovl1 トランスジーン(Tg)を導入)において,ドライアイ表現型が出現することを明らかにした9)(プレスリリース原稿)。このマウスは若齢期から閉じ気味の目,瞬きの増加,眼表面からの水分蒸散の亢進,マイボーム腺開口部の閉塞,涙液層の不安定化(涙液層破壊時間の短縮)を示し,3 ヶ月齢以降で角膜障害,5 ヶ月齢以降でヒトの重症ドライアイ患者で観察されるような角膜混濁を呈した(図16A)9, 10)。マイバム脂質を LC-MS/MS で解析した結果,Tg-Elovl1 KO マウスでは Chol-E の脂肪酸部分と,WmE および1ω-WdiE の脂肪族アルコール部分の短鎖化が観察された5, 7, 9)。これらの結果は,ドライアイの発症防止において涙液脂質の鎖長,すなわち質(クオリティ)が重要であることを初めて示したものである。
Tg-Elovl1 KO マウスでは発生段階から Elovl1 が表皮以外の組織で欠損しているが,生化学研究室ではさらにタモキシフェン誘導性の Elovl1 cKO マウス(「4. セラミドによる皮膚バリア形成」で記載)を用い,Elovl1 欠損が短期および中期的に及ぼす影響を解析した5)。その結果,マイバム脂質の短鎖化はタモキシフェン投与開始後約 5 日目から認められ,10 日目または 15 日目にかけて顕著に進行した。また,Elovl1 cKO マウスでは角膜障害以外の多くのドライアイ表現型(閉じ気味の目,瞬き回数の増加,眼表面からの水分蒸散量の増加,マイボーム腺開口部の閉塞,涙液の不安定化)がタモキシフェン投与開始後 10 日目から認められ,一部は 30 日目にさらに顕著となった。これらの結果から,マイバム脂質の短鎖化の程度とドライアイ表現型との関連が明らかとなった。
上述の通り,マウスのマイバム脂質において Chol-E の脂肪酸鎖長は主に C25–C34,WmE の脂肪族アルコール鎖長は C25–C32 であり,いずれも分岐型(iso 型あるいは anteiso 型)が多い。我々は,これらの産生において,分岐アミノ酸から派生したイソブチリル CoA,イソバレリル CoA,α-メチルブチリル CoA が脂肪酸合成酵素によって長鎖まで伸長された後,脂肪酸伸長酵素 ELOVL3 および ELOVL1 によって極長鎖まで伸長されることを明らかにした7)。
我々の研究以前には OAHFA,Chol-OAHFA,1ω-WdiE,2ω-WdiE に含まれる ω-水酸化脂肪酸の産生酵素(脂肪酸のω 位を水酸化する酵素)は不明であり,これらω-水酸化マイバム脂質の涙液油層における役割も不明であった。そこで生化学研究室では,その酵素の遺伝子同定を試みた。OAHFA はアシルセラミドから長鎖塩基を除いた構造を有する(ただし,ω 位にエステル結合したアシル基はアシルセラミドでは主にリノール酸であり,OAHFA では主にオレイン酸[ヒト]またはパルミトオレイン酸[マウス]である)。このことから,我々は OAHFA に特徴的なω-水酸基を導入する酵素として,アシルセラミド産生において機能する CYP4F22(マウスでは CYP4F39)が関与すると予測した。そこで,Cyp4f39 変異マウス(Tg-Cyp4f39 KO マウス;Tg-Elovl1 KO マウスと同様に皮膚バリア異常による新生致死性を回避するため,表皮以外の組織で Cyp4f39 が欠損するように設計されたマウス)を作製し,マイバム中のω-水酸化脂質の量を測定した。その結果,Tg-Cyp4f39 KO マウスでは OAHFA がコントロールマウスの約 1/5 にまで減少し,Chol-OAHFA,1ω-WdiE,2ω-WdiE はほぼ消失した2)(プレスリリース原稿)。これらの結果は,CYP4F22/CYP4F39 がマイバム脂質に含まれるほぼすべてのω-水酸化脂肪酸の産生を担っていることを示している(図16B)。さらに,Tg-Cyp4f39 KO マウスは,目を細める様子や涙液が下瞼上に滴状に貯留する所見を示すとともに,瞬き数の増加,涙液層破壊時間の短縮,角膜上皮障害の亢進といった典型的なドライアイ表現型を示した。細胞における過剰発現系を用いたアッセイでは,CYP4F22 は ≥C26 脂肪酸に対して活性を示し,特に ≥C28 脂肪酸に対して高い活性を示した8)。
マイバム脂質の多くはエステル結合を有する。しかし,マイバム脂質中のエステル結合の形成に関わるアシルトランスフェラーゼについては不明な点が多く残されていた。 我々の研究以前には,in vitro の解析により,アシル CoA ワックスアルコールトランスフェラーゼ AWAT1 および AWAT2 が長鎖脂肪族アルコールを基質として WmE を産生する活性を示すことが報告されていた。しかし,マイバム脂質に含まれる脂肪族アルコールは極長鎖から超長鎖に及ぶため,これら酵素がその生体内での産生に関与するかどうかは明確ではなかった。そこで生化学研究室では,AWAT1/AWAT2 のマイバム脂質産生への関与を明らかにするために,Awat1/Awat2 の単独または二重 KO(DKO)マウスを作製し,ドライアイ表現型とマイバム脂質組成を解析した3)。Awat2 KO および DKO マウスは重度のドライアイ表現型を示し,Awat1 KO マウスは軽度のドライアイ表現型を示した(図16C)(プレスリリース原稿)。これらのマウスでは,特定のマイバム脂質クラスに選択的な消失または減少が認められた。すなわち,Awat1 KO マウスでは 1ω-WdiE と OAHFA が減少し,Awat2 KO マウスでは WmE と 2ω-WdiE がほぼ消失し,一部の 1ω-WdiE が減少した。DKO マウスではこれらすべてがほとんど消失していた。すなわち,AWAT1 と AWAT2 はそれぞれ異なる基質特異性をもち,別のマイバム脂質クラスの産生に関与することが明らかとなった。
マイバム脂質には極長鎖の脂肪族アルコールや脂肪族ジオールなどのアルコール分子を有する多様なエステル化合物(WmE,WdiE)が含まれる。しかし,これらの脂肪族アルコールや脂肪族ジオールにおける C-1 位水酸基の形成を担う酵素は不明であった。そこで,生化学研究室では,脂肪族アルコール合成活性を有することが知られている脂肪酸アシル CoA 還元酵素 FAR1 および FAR2 に着目し,これらの酵素の鎖長依存的な脂肪族アルコール合成活性とマイバム脂質産生における役割の解明を行った。FAR1 および FAR2 の過剰発現細胞を用いた解析により,FAR1 は長鎖脂肪族アルコール,FAR2 は極長鎖脂肪族アルコールの産生活性を示すことが明らかとなった11)。さらに,Far2 KO マウスを作製し,このマウスがマイボーム腺開口部の閉塞や涙液蒸散量の増加,涙液層破壊時間の短縮などの涙液蒸発亢進型ドライアイ表現型を示すことを見出した(図16D)11)(プレスリリース原稿)。また,LC-MS/MS によって Far2 KO マウスのマイバム脂質を解析した結果,WmE,1ω-,2α-,2ω-WdiE はいずれもほぼ消失していた。以上の結果より,FAR2 はマイバム脂質中の極長鎖の脂肪族アルコールおよび脂肪族ジオールの産生に関与し,ドライアイの防止に重要な役割を担うことが明らかとなった。
図16E に生化学研究室が保有する遺伝子改変マウスのマイバム脂質組成変化とドライアイの重篤性をまとめた。ドライアイの重篤性は Far2 KO,Awat2 KO,Awat1/2 DKO マウスで最も高く,次いで Tg-Elovl1 KO,Tg-Cyp4f39 KO,Awat1 KO マウスの順であった。これらの重篤性は,遺伝子欠損によって影響を受けるマイバム脂質の種類に大きく依存していた。マイバム脂質の主要成分は Chol-E と WmE であり,これらが影響を受けると重篤なドライアイとなる。Far2 KO,Awat2 KO,Awat1/2 DKO マウスではいずれも WmE の産生が不全となる。これらのマウスではマイバム脂質全体の融点が上昇するため,マイバム脂質が固化し,マイボーム腺開口部がほぼ完全に閉塞する。次に重篤な Tg-Elovl1 KO マウスでは,Chol-E と WmE の両方が短鎖化する。Tg-Cyp4f39 KO マウスは比較的軽度のドライアイを示すが,これはω-水酸化脂質が減少する一方で,Chol-E と WmE の量が影響を受けないことによる。Awat1 KO マウスのドライアイ表現型は極めて軽度であり,そのマイバム脂質変化は OAHFA と一部の 1ω-WdiE の減少にとどまる。
我々はマイバムだけでなく,ヒトの涙液中の脂質組成についても測定した。涙液はフェノールレッド綿糸によって採取した。上記のマイバム脂質に加えて,リン脂質(ホスファチジルコリン,スフィンゴミエリン)についても測定した4)。マイバムと涙液中の各脂質クラスの分子種組成はホスファチジルコリンを除き,互いによく類似していた。また,各脂質クラスの存在比(マイバム/涙液)を算出すると,ホスファチジルコリンおよびスフィンゴミエリンは低値を示し,それ以外の脂質クラスは高値を示した。これらの結果から,涙液油層中の脂質の大部分はマイボーム腺に由来する一方で,ホスファチジルコリンおよびスフィンゴミエリンは他の組織(涙腺や角膜など)に由来する可能性が示唆された。
以上のように,生化学研究室では,これまで不明な点が多かった涙液油層脂質の構造,組成,産生の分子機構,およびドライアイ防止における役割について,多くの新たな知見を得ることに成功した。現在のドライアイ治療薬には粘液層(水層およびムチン層)を標的としたものしか存在しないが,これらの知見は油層を標的とした新たな点眼薬の開発につながることが期待される。