表皮は基底層,有棘層,顆粒層,角質層の四層から構成されており,最外層の角質層が主に皮膚の透過性バリア(皮膚バリア)を形成している(図10)。皮膚バリアは感染症,炎症,アレルギー疾患の原因となる病原体,異物,アレルゲンの侵入を防ぎ,体内からの水分の損失を抑えるという重要な役割をもつ。そのため,皮膚バリア機能の低下は感染症,アトピー性皮膚炎,魚鱗癬(表皮分化疾患 [epidermal differentiation disorders; EDD]),乾皮症などの皮膚疾患のリスク増大あるいは原因となる。

皮膚バリア形成で重要な役割を果たす角質層の構造体のうち,セラミドは脂質ラメラと角質細胞脂質エンベロープ(CLE)の構成成分である。脂質ラメラは角質細胞(最終分化した角化細胞[ケラチノサイト])の細胞間に存在する脂質の多層構造体であり,ヒトには 13 nm の長周期と 6 nm の短周期の層が見られる。脂質ラメラの主成分はセラミド,コレステロール,遊離脂肪酸である。過去の総説ではこれらがおおよそ等モルずつ存在すると記載されているが,我々の LC-MS/MS による測定結果からは,ヒト角質層におけるこれらのモル比は約 1:0.6:1.1 と見積もられる。セラミドはタンパク質と共有結合していない遊離型と共有結合した結合型に大別されるが,脂質ラメラを構成するセラミドは遊離型である。CLE は一般的な細胞の形質膜に相当する膜構造体であるが,角質細胞表面のタンパク質(周辺帯タンパク質)と共有結合した結合型セラミドにより構成される。周辺帯はタンパク質の架橋構造体であり,角質細胞に物理的な強度を与えている。角質層は外界と接しているため様々な環境変化に対応しなくてはならない。そのため,角質細胞は通常の細胞がもつ脂質二重層のような脆弱な形質膜ではなく,CLE のような共有結合性の強固な膜構造体を必要としたのであろう。角質層に存在するセラミドは主に顆粒層で産生される。顆粒層で産生されたセラミドは一旦グルコシル化された状態(グルコシルセラミド;一部はホスホコリンが付加されたスフィンゴミエリン)で層板顆粒に蓄えられる。層板顆粒は顆粒と名前がついているが,最近の研究ではチューブ状のネットワーク構造であると考えられている。層板顆粒に蓄えられたグルコシルセラミド/スフィンゴミエリンは顆粒層と角質層の境界部または境界部付近で細胞外へ放出され,極性基が除去されてセラミドに戻る。
セラミドは長鎖塩基と脂肪酸がアミド結合した構造をもつ。ヒトには 5 種類の長鎖塩基 (スフィンゴシン [S], ジヒドロスフィンゴシン [DS], フィトスフィンゴシン [P], 6-ヒドロキシスフィンゴシン [H], 4,14-スフィンガジエン [SD]) と 5 種類の脂肪酸 (非水酸化脂肪酸 [N], α-水酸化脂肪酸 [A], ω-水酸化脂肪酸 [O], エステル化 ω-水酸化脂肪酸 [EO], タンパク質結合脂肪酸 [PB- (P-O/P-EO)]) の組み合わせからなる 25 クラスのセラミドが存在し,それぞれのクラスは脂肪酸と長鎖塩基の略号の組み合わせで表記される(例:NS,EOS など; 図11A, B)。EO をもつセラミドはアシルセラミド(正確にはω-O-アシルセラミド)と呼ばれ,エステル化された脂肪酸のほとんどはリノール酸である(図11C)。遊離型セラミドのうち,アシルセラミド以外を非アシル化セラミド(他の細胞・組織で見られる一般的なタイプ)と呼ぶ。脂質ラメラを構成するセラミドの多くは非アシル化セラミドである。一方,アシルセラミドは量的には非アシル化セラミドよりも少ないが,その特徴的な構造によって脂質ラメラの多層構造を形成・維持する役割をもつため,皮膚バリア形成において極めて重要である。アシルセラミドの一部は結合型セラミドへと変換される。その過程では,リノール酸部分がヒドロペルオキシ化,異性化(エポキシ水酸化),酸化(エポキシエノン化)と連続的に修飾を受ける。結合型セラミドの構造に関して,修飾を受けたリノール酸がリパーゼによって除去されて,ω-水酸化セラミドとなった後,ω-水酸基部分でタンパク質のグルタミン酸残基とエステル結合するという構造モデル(図11A;タンパク質結合ω-水酸化脂肪酸 [P-O] モデル)が長年信じられてきた。一方,2020 年にエポキシエノン化したアシルセラミドのエノン部分がタンパク質とマイケル付加反応あるいはシッフ塩基形成するという新たな構造モデル(図11A;タンパク質結合修飾リノール酸エステル化ω-水酸化脂肪酸 [P-EO] モデル)が提唱された。生化学研究室では,マウス表皮において P-EO タイプの結合型セラミドの存在を見出し,それらがマイケル付加反応でシステイン残基に結合したもの(エポキシケトン型)であることを明らかにした1)(プレスリリース原稿)。この研究において,少なくとも我々の測定条件下では従来から提唱されてきた P-O タイプの結合型セラミドおよびシステイン残基以外に結合した P-EO タイプの結合型セラミドは検出されなかった。さらに,その後,我々はヒト角質層における結合型セラミドの構造を解析し,マウス表皮で主要であったエポキシケトン型はヒトでは少量しか存在せず,代わりにそのエポキシ基が加水分解されたジヒドロキシケトン型の P-EO セラミドが主要な結合型セラミドとして存在することを明らかにした(図11A)2)。
これまでのほとんどの結合型セラミドの測定では P-O 型と P-EO 型は区別されずにまとめてタンパク質結合セラミドとして検出されてきた。その場合,これらはまとめて,PB-(図4)または P-(E)O(図11B)と表記する。その測定法では,表皮あるいは角質層から遊離型セラミドを除いた画分(結合型セラミド画分)をアルカリ処理することで,全ての結合型セラミドをω-水酸化セラミド(O 型セラミド)に変換させ,そのω-水酸化セラミドを測定する。一方,P-EO 型結合型セラミドを特異的に測定するには,結合型セラミド画分から P-EO 型結合型セラミドを酸化的スルホキシド脱離によってエポキシエノンアシルセラミド(エポキシケトン型結合型セラミドの場合)あるいはジヒドロキシエノンアシルセラミド(ジヒドロキシケトン型結合型セラミドの場合)として遊離させ,測定する1, 2)。

哺乳類の多くの組織のセラミド組成は比較的単純であり,存在するセラミドのクラスはほぼ NS,NDS,NSD,AS のみである。このうち,NS がほとんどの組織において主要なセラミドである。NSD も広範な組織に存在するが,NS ほど量は多くない。NSD は腎臓や脳に比較的多く存在する3)。NP は表皮,食道,胃,小腸,大腸,腎臓などの上皮系の組織に存在する4)。AS は脳のミエリン,表皮,胃,顎下腺に存在する5)。一方,表皮(角質層)には多様かつ多量のセラミドが存在する。また,アシルセラミド,結合型セラミド,6-水酸化スフィンゴシン(H)をもつ H 型セラミドが表皮にのみ存在する(ただし,アシルセラミド,結合型セラミドに関しては表皮と同様に扁平重層上皮である口腔と食道にも存在;下記参照)。それぞれのクラスには脂肪酸および長鎖塩基の鎖長(脂肪酸は不飽和度の違いも含む)が異なった複数のセラミド分子種が存在する。生化学研究室ではこれら多様なセラミドを網羅的に定量できる質量分析法(液体クロマトグラフィー連結タンデム質量分析法[LC-MS/MS];詳細は下記の「脂質の LC-MS/MS による分析」の項目を参照)を確立し,2020 年にまず,長鎖塩基鎖長を C18 に絞った解析によってヒト角質層に 26 クラス/408 分子種,マウスに 21 クラス/342 分子種のセラミドが存在することを明らかにした6)。さらに 2022 年に,長鎖塩基鎖長を C16 から C26 に拡大した解析によって,ヒト角質層に 23 クラス/1,581 分子種のセラミドが存在することを明らかにし,ヒト角質層のセラミドの全容を解明することに成功した7)(プレスリリース原稿)。後者の解析においてヒトのセラミドクラス数が減少しているように見えるのは,微量のセラミドをカウントしなかったためである。なお,この解析における結合型セラミドの測定では,上述のように結合型セラミドをアルカリ処理することによって O 型セラミド(P-O タイプと P-EO タイプの結合型セラミド両方に共通した成分)に変換して測定しているため,両者の区別はできていない。
一般的な組織におけるセラミドの脂肪酸鎖長は C16 から C24,長鎖塩基鎖長はほぼ C18 に限られるのに対し,ヒト角質層セラミド中の脂肪酸鎖長は C16 から C36,長鎖塩基鎖長は C16 から C26 と幅広い(図12)。角質層セラミド中の脂肪酸の長さはクラスによって特徴が見られる。非アシル化セラミド中の N 型と A 型セラミドすなわち,非水酸化脂肪酸あるいはα-水酸化脂肪酸をもつセラミドの脂肪酸鎖長は C16 から C28 までであり,そのうち C24 と C26 が多い。一方,非アシル化セラミド中の O 型セラミド,アシルセラミド,結合型セラミドの脂肪酸(ω-水酸化脂肪酸)部分の鎖長は C28 から C36 であり,そのうち C30,C32,C34 が多い。一般的な組織と角質層のセラミドの脂肪酸鎖長の違いは,生体膜の脂質二重層(10 nm)と角質層脂質ラメラ(長周期;13 nm)の厚みの違いを反映している。ヒト角質層に多様なセラミド分子種が存在する意義は環境変化に対応するためであろう。脂質ラメラはゲル相を形成しているが,環境変化(温度,pH,湿度,塩濃度など)によって相転移が起きてはならない。脂質組成の不均一性は相転移温度幅を広げることから,角質層におけるセラミド分子種の多様性は,脂質ラメラのゲル相を幅広い条件下で維持することに寄与していると考えられる。また,角質層においてコレステロールが豊富に存在することは,セラミドとの高い親和性により,ゲル相の形成に関与しているのであろう。

ヒトの角質層はフィトスフィンゴシン(P)あるいは 6-水酸化スフィンゴシン(H)をもつ P 型,H 型セラミドが多いことを特徴とする。総セラミド量に対する割合は NP が 25.4%,NH が 20.2%,AP が 5.5%,AH が 7.9% であり,これらの合計は約 60% に達する7)(図11B)。これらのセラミドには一般的な組織に多い NS よりも1つ(NP, NH)あるいは2つ(AP, AH)水酸基が多く存在する。この水酸基を介した水素結合は脂質ラメラにおける脂質–脂質間相互作用を増強するとともに,水酸基の増加がセラミド分子に安定なラメラ構造の形成に必要な極性を付与している可能性も考えられる。 一方,長鎖塩基の中で唯一シス二重結合をもつ 4,14-スフィンガジエン(SD)を含む SD 型セラミドは角質層にはほとんど存在しない。その理由は 14 位のシス二重結合が脂質ラメラ中での脂質の密なパッキングを妨げるからであろう。アトピー性皮膚炎患者では,角質層のセラミドの量の低下,クラス組成の変化,脂肪酸部分の短鎖化が生じている。このうち,クラス組成の変化としては長鎖塩基側に水酸基の多い非アシル化セラミドである NP,NH とアシルセラミドである EOS,EOH,EOP の減少が見られる。同様のセラミドクラス組成の変化はアトピー性皮膚炎のような病的な状態の皮膚にとどまらず,程度は小さいものの,乾燥肌においても見られる(詳細は下記を参照)8)。
ケラチノサイトにおいてセラミドは合成だけでなく,分解も受けていることを我々は明らかにしている9)。この分解にはセラミダーゼの中でも酸性セラミダーゼ ASAH1 が関わる。ASAH1 はセラミドクラスごとに異なった基質特異性を示し,NS や NDS に対しては活性が高いが,NP や NH には弱く,AP や AH にはほとんど活性を示さない9)。すなわち,ASAH1 は水酸基が少ないセラミドクラスに活性が高く,多いクラスには活性が低い。上述の通り,角質層中のセラミドには水酸基を多くもつクラスの割合が高く,このことが脂質ラメラでの強い脂質–脂質間相互作用やセラミドの極性増加に寄与している。つまり,我々の結果は角質層セラミドの適切なセラミドクラス組成の維持には合成だけでなく,ASAH1 によるクラス毎に異なった分解も寄与していることを示している。
スフィンゴシンを含有する S 型セラミドおよびフィトスフィンゴシンを含有する P 型セラミド(フィトセラミド)はジヒドロスフィンゴシンをもつ DS 型セラミド(ジヒドロセラミド)のそれぞれ 4 位不飽和化あるいは 4 位水酸化によって生じる。これらを触媒する酵素は DEGS1 と DEGS2 である。DEGS1 は不飽和酵素であり,S 型セラミドの産生において主要に働く。一方,DEGS2 は水酸化活性と不飽和化活性をもつ二機能酵素である。生化学研究室では,基質であるジヒドロセラミドの脂肪酸鎖長に応じて DEGS2 の活性が異なること,すなわち脂肪酸部分が長鎖である場合には不飽和化活性が,極長鎖である場合には水酸化活性が優勢であることを見出した4)。DEGS2 が産生する P 型セラミド NP や AP はヒト角質層において量が多いセラミドクラスであり,皮膚バリア機能に重要な役割を果たしていると思われる。一方,マウス表皮角質層における NP 量は少なく(全体の約 1 %),Degs2 KO マウスは皮膚バリア異常を示さない4)。
上述の通り,アシルセラミドは脂質ラメラの形成・維持,結合型セラミドは CLE 形成に関わるため,これらは皮膚バリア機能に極めて重要である。アシルセラミドおよび結合型セラミド形成に関わる遺伝子の多くは 2010 年以降に同定された。これらの遺伝子の変異はいずれもヒトでは先天性魚鱗癬を引き起こし,遺伝子 KO マウスは皮膚バリア異常で新生致死となる。生化学研究室では,アシルセラミド生合成に関わる7つの遺伝子のうち5つ(ELOVL1, CYP4F22, FATP4, PNPLA1, ABHD5)を同定し,その生合成経路の詳細(基質,反応順序,反応の種類)について解明してきた。アシルセラミド生合成経路における各反応と関与する遺伝子は下記と図13 の通りである。

生化学研究室では Elovl1,Cyp4f39,および Fatp4 の KO マウスを作製・解析し,いずれも重篤な皮膚バリア形成異常を伴う新生致死性を示すことを明らかにした 11, href="#18">18, 19)。これらの KO マウスではアシルセラミド量が著しく低下しており,Cyp4f39 KO,Elovl1 KO,Fatp4 KO マウスでその量はそれぞれ野生型マウスの 0.6%,1.6%,および 12% であった 12)。結合型セラミドはアシルセラミドから生成されることから,これらの KO マウスでは結合型セラミド量も野生型マウスの 0.2%,30%,および 33% にそれぞれ低下していた。また,皮膚バリア障害の重症度は,Cyp4f39 KO,Elovl1 KO,Fatp4 KO マウスの順であった。この重症度の違いは主としてアシルセラミドおよび結合型セラミドの量の低下の程度によって説明されるが,KO した遺伝子依存的な非アシル化セラミドの組成変化も一部寄与していると考えられる。我々が作成したこれらの KO マウスを含めて,これまでに報告されているアシルセラミドあるいは結合型セラミドの合成に関わる遺伝子の KO マウスはいずれも新生致死性を示す。そのため,成体マウスにおけるアシルセラミドおよび結合セラミドの皮膚バリア維持における役割はこれまで不明であった。そこで,この新生致死性を回避するため,我々はタモキシフェン誘導型 Elovl1 コンディショナル KO(cKO)マウスを作製し,Elovl1 を成体マウスで欠損させた 28)。Elovl1 cKO マウスでは,タモキシフェン投与後 5 日目からアシルセラミド量の減少が見られ,10 日目には投与開始前の約 50% に達した。この時点で角質層における脂質ラメラ構造の形成不全および表皮の肥厚が観察された。さらに 15 日目にはアシルセラミドと結合型セラミドの量がいずれも約 30% にまで低下し,経表皮水分蒸散量の増加,すなわち皮膚バリア機能の低下が認められた。これらの結果は,アシルセラミドおよびタンパク質結合セラミドが,成体マウスにおいても皮膚バリアの維持に重要な役割を果たしていることを示している。一方,アシルセラミド関連遺伝子の新生時 KO マウスで見られていたような致死性は,タモキシフェンの長期投与後によっても成体 Elovl1 cKO マウスでは観察されなかった。このことは,マウスのような体毛を有する動物では,毛や皮脂の皮膚バリアに対する寄与の割合が成長とともに増加し,角質層の相対的な重要性が低下することを示唆している。
アシルセラミドあるいは結合型セラミドの合成に関与する遺伝子の変異は,ヒトにおいて先天性魚鱗癬を引き起こす。しかし,魚鱗癬の原因遺伝子の中には,その機能や病態発症メカニズムが十分に解明されていないものもいくつか存在した。それらのうち,我々は ARCI の原因遺伝子である NIPAL4 と,魚鱗癬を伴う症候群であるシェーグレン・ラルソン症候群(SLS)の原因遺伝子である ALDH3A2 に注目し,それぞれ Nipal4 KO マウスおよび SLS モデルマウスの作成と解析を行った。Nipal4 KO マウスでは,アシルセラミド(ω-O-アシルセラミド)量の低下が認められた29)。さらに,O-アシル鎖の組成にも変化が見られた。野生型マウスでは,ω-O-アシルセラミドの O-アシル鎖の大部分はリノール酸(89%)であるのに対し,KO マウスではその割合が 66% に低下し,他の脂肪酸の割合が増加した(特にオレイン酸は 2% から 16% に増加)30)。また,1-O-アシルセラミドと呼ばれる別のタイプのアシルセラミドの産生が KO マウスの表皮において誘導されていた。NIPAL4 は Mg2+ トランスポーターをコードする。野生型マウス由来のケラチノサイトでは,分化に伴って細胞内 Mg2+ 濃度が上昇したのに対し,Nipal4 KO マウス由来ケラチノサイトではそのような上昇は認められなかった29)。Mg2+ はリン脂質と相互作用することで膜を安定化する作用があることが知られている。ω-O-アシルセラミドのような特徴的な構造を有する脂質を産生する顆粒層ケラチノサイトにおいては,この細胞内 Mg2+ の増加が,ω-O-アシルセラミドを含むセラミドの産生の場である小胞体膜の安定化に寄与すると考えられる。Nipal4 KO マウスでは正常な Mg2+ 上昇が起こらないため,膜の物性が野生型顆粒層ケラチノサイトとは異なる状態になることで,脂質代謝が影響を受け,通常とは異なる脂質の産生が引き起こされた可能性がある。
生化学研究室ではこれまでに,ALDH3A2 が長鎖塩基の分解経路で生じる長鎖アルデヒドの代謝に関与することを明らかにしてきた(詳細は 「2. 長鎖塩基の代謝と脂肪酸α酸化経路の解明」 を参照)。ALDH3A2 変異が SLS を引き起こす分子機構を明らかにするため,我々は Aldh3a2 KO マウスを作製して解析した。その結果,このマウスは SLS 患者とは異なり,皮膚バリア機能異常を示さなかった31)。一方,角質層に障害を与えた場合は,Aldh3a2 KO マウスは野生型マウスと比較して皮膚バリア機能の回復に遅延を示した31)。通常条件下で Aldh3a2 KO マウスが皮膚バリア異常を示さなかった理由は,マウスにおいて Aldh3a2 と機能的に重複する Aldh3b2 が存在するためである(ALDH3B2 はヒトでは偽遺伝子)32)。そこで,我々は次に Aldh3a2 Aldh3b2 二重 KO マウスを作製して解析したところ,このマウスが表皮におけるアシルセラミド量の低下を伴う魚鱗癬様表現型を示すことを見出した33)。このマウスでは,蓄積した長鎖アルデヒドがアシルセラミド産生に関与する酵素を阻害することでアシルセラミド産生を阻害していると我々は考えている。同様のアシルセラミド量の低下は ALDH3A2 欠損ヒトケラチノサイトおよび SLS 患者においても観察された33, 34)。これらの結果は,上記の NIPAL4 変異による ARCI の場合と同様に,ALDH3A2 変異に起因する SLS の魚鱗癬症状も,アシルセラミド産生の低下によって引き起こされていることを示している。このように,アシルセラミド合成に直接関与する遺伝子以外にも,その変異によりアシルセラミド産生が間接的に影響を受けることで魚鱗癬が発症する原因遺伝子が存在することが明らかとなった。
我々はこれまでに多くの先天性魚鱗癬患者および乾燥肌の人の角質層のセラミドプロファイリングを行なってきた。魚鱗癬患者のセラミド組成は変異した遺伝子ごとに異なっており,その遺伝子産物が関わる反応の基質は増加し,反応物とその代謝物は減少した。一方,乾燥肌では程度は弱いがアトピー性皮膚炎患者とよく似た遊離型セラミドの組成変化,すなわち NP,EOS,EOP が減少し,NS と AS が増加した8)。これまでアトピー性皮膚炎患者における結合型セラミド組成変化を解析した報告はないが,我々は乾燥肌において PB-H の減少と PB-SD の増加を見出した。これまでプロファイリングを行なった先天性魚鱗癬(症候群を含む)患者の変異遺伝子は下記のとおりである。脂肪族アルデヒドデヒドロゲナーゼALDH3A2(SLS)34),セラミド合成酵素遺伝子 CERS3(ARCI)23),脂肪酸伸長酵素遺伝子 ELOVL1(IKSHD症候群)14),脂肪酸 ω-水酸化酵素遺伝子 CYP4F22(ARCI)15, 17),トランスアシラーゼ PNPLA1(ARCI)27),短鎖デヒドロゲナーゼ/レダクターゼファミリー遺伝子 SDR9C7(ARCI)35)。このうち,CERS3,ELOVL1,CYP4F22,PNPLA1 は上述の通り,直接アシルセラミド合成に関与するため,これらの遺伝子に変異をもつ患者ではアシルセラミド量が減少した14, href="#15">15, 17, 23, 27, 34)。一方,SDR9C7 は結合型セラミド形成に関わるため,その変異患者では結合型セラミド量が低下した35)。
アシルセラミド,結合型セラミドは表皮にのみ存在すると考えられてきたが,我々はこれらがマウスにおいて口腔から前胃の粘膜上皮にも存在し,口腔バリア形成に重要な役割を果たしていることを明らかにした36)(プレスリリース原稿)。これらの組織において脂肪酸伸長酵素遺伝子 Elovl1 が欠損した cKO マウスでは,食道と舌の上皮形態異常,蛍光色素の浸透亢進,カプサイシン飲料に対する忌避行動が観察された。また,ヒトにおいても,少なくとも解析した頬粘膜と歯肉にはアシルセラミドが存在し,歯肉には結合型セラミドも存在していた。このことは結合型セラミドが重層角化扁平上皮に存在することを示している。このように表皮だけと思われていた透過性バリア形成におけるセラミドの重要性は口腔(とおそらく消化管上部)にも拡大した。
セラミドを含む脂質の分析はこれまで,薄層クロマトグラフィー,質量分析(MS),NMR,赤外分光法など,さまざまな手法により行われてきた。その中で,MS およびタンデム質量分析(MS/MS)は解析のゴールデンスタンダードである37)。MS では分子を質量(正確にはイオンの質量電荷比;m/z)に基づいて分離し,MS/MS では選択したプリカーサーイオンを不活性ガスとの衝突によって断片化してプロダクトイオンを生成させ,それを検出する。脂質のイオン化には一般的にエレクトロスプレーイオン化(ESI)が用いられるが,極性の低い脂質には大気圧化学イオン化(APCI)が用いられる。MS(/MS)はサンプルを直接導入するショットガン法,あるいは液体クロマトグラフィー(LC)による分離後に実施される。ショットガン法によるアンターゲット(ノンターゲット)リピドミクスは網羅性に優れる一方で,イオン化抑制の影響を受けやすく,定量性や特異性に課題が残る場合がある。イオン化前に LC により分子を分離することは,夾雑物によるイオン化抑制を低減し,検出分子の定量性および感度を高めるうえで有効である。LC 分離後の解析では,特定の分子種を高感度かつ高特異的に定量するターゲットリピドミクスと,網羅的に脂質分子を検出するアンターゲットリピドミクスのいずれも実施可能である。順相カラムを用いた LC は極性の異なる脂質クラスの分離に優れ,逆相カラムは炭素鎖長(疎水性)の異なる分子種の分離に適している。
逆相 LC-MS では質量および疎水性の差に基づいて分離が行われるが,セラミドには質量および疎水性が同一の分子種が多数存在し,これらは LC-MS のみでは分離できない。例えば,総炭素数 C42,不飽和度 2 のセラミド(C44:2;[M+H]+ = 648)には,d18:1 スフィンゴシンと C24:1 脂肪酸からなる NS 分子種(d18:1/C24:1)が含まれるが,同一の総炭素数および不飽和度をもつ他の NS 分子種(例:d20:1/C22:1 や d22:1/C20:1)と区別することはできない。そのため,これらの分離には LC-MS/MS が不可欠である。MS/MS にはプリカーサーイオンスキャン,ニュートラルロススキャン,プロダクトイオンスキャン,多重反応モニタリング(MRM)などの測定モードが存在する。このうち MRM では,特定のプリカーサーイオンとプロダクトイオンの m/z の組み合わせ(それぞれ Q1 と Q3 により設定)を選択するため,極めて高い特異性と感度を有する。MRM においては Q3 を適切に設定することにより,上述の C44:2 セラミドに含まれる各分子種を区別して測定することが可能である(例えば,d18:1/C24:1:Q3 = 264.3,d20:1/C22:1:292.3,d22:1/C20:1:320.3)。
セラミドの測定においては,イオン化時の分解(インソース分解)に注意が必要である。セラミド,特にスフィンゴシンや 6-ヒドロキシスフィンゴシンを有するセラミドは脱水しやすい6)。そのため,セラミドクラスによっては Q1 の値として [M+H]+ ではなく,脱水体である [M+H−H2O]+ を用いる必要がある。
セラミドのプロダクトイオンは長鎖塩基ごとに異なる。この特性を利用して,Q3 の値には各長鎖塩基に特徴的な m/z を設定することがセラミドクラスの識別に有効である(長鎖塩基鎖長 18 の場合:NS, 264.3;NDS, 284.3;NP, 300.3;NH, 280.3;NSD, 262.3)6)。
インソース分解に関してもう一つ注意すべき点は,グルコシルセラミドなどのスフィンゴ糖脂質が分解によってセラミドとして検出される場合があることである。特にグルコシル NP セラミドにおいてこの傾向が顕著であり,グルコシルセラミドがセラミドとして測定されるため注意が必要である。ただし,セラミドとグルコシルセラミドは LC における保持時間が明確に異なるため,両者は区別可能である。
このように,同一の Q1 値をとり得るセラミド分子種は多数存在する。上述の [M+H]+ = 648 の例では,C44:2 NS において複数の分子種が存在することを示したが,さらに他のクラスとして,d18:1/C24:0 AS,d18:0/C25:0 NDS,d18:0/C24:1 ADS,t18:0/C24:1 NP,t18:1/C24:0 NH,t18:1/C23:1 AH の各脱水体,ならびにそれらに対応するグルコシルセラミドの糖脱離体も,少なくとも計算上は含まれる(実際には生じにくいインソース分解も含む)。そのため,セラミド分子種を区別して測定するには,LC による保持時間に加えて,適切な Q1 および Q3 の設定が極めて重要である。さらに,各分子種に対するコリジョンエネルギーの設定も,定量性の確保に不可欠である。同一クラスのセラミドであっても,脂肪酸鎖長が長い分子種ほど,より高いコリジョンエネルギーが必要となる。一旦これらの条件を最適化すれば,高感度かつ高選択的にセラミド分子種を定量することが可能となる。実際に,我々は三連四重極型質量分析計と逆相カラムを用いた MRM モードの LC-MS/MS によるセラミドの高精度解析法を確立し,上述のように1,500 種を超えるセラミド分子種の測定に成功している7)。
加えて,LC-MS あるいは LC-MS/MS 解析において重要なのは,得られたイオンピークの帰属の信頼性を担保することである。特異性の高い MRM 測定においても,ピークは単一とは限らず,複数のピークが検出される場合が少なくない。目的とする脂質分子種のピークを正確に帰属するためには,化学合成した標準物質を用いた予備検討(保持時間,プロダクトイオンの種類,MS 条件の最適化)が極めて重要である。 我々はほとんどのセラミドクラスの測定に対して,各クラスに対応する重水素標識体を内部標準として用いている。ただし,各クラスについて入手可能な内部標準物質は特定の鎖長をもつ単一分子種である場合が多く,それ以外の分子種の LC における保持時間は,鎖長や二重結合位置を考慮した推定に基づくことになる。例えば,我々の LC 条件では炭素鎖長が 2 増加すると保持時間は約 0.3 分延長し,ω9 位にシス二重結合が 1 つ導入されると約 0.3 分短縮する。さらに,帰属の信頼性が不十分なピークに対してはプロダクトイオンスキャンを実施し,フラグメントパターンからその妥当性を検証する必要がある。また,生物学的手法による検証も有用である。すなわち,特定遺伝子の KO マウスにおいて当該脂質の減少または消失が予測される場合,野生型マウスとの比較により,ピーク帰属の妥当性を確認できる。定量的な観点では,重水素標識体のような生体内には存在しない脂質標準物質を内部標準とすることが正確な定量を行う上で有用である。
我々はこれらの分析上の問題に留意してセラミド測定を行っているが,他の研究者による少なからぬ報告において,ピーク帰属が誤っており,その結果,セラミド以外の脂質を測定している場合が見られる。また,目的とするセラミド分子種のピーク帰属が適切であっても,イオン化抑制,インソース分解,不適切なコリジョンエネルギー設定などの影響によって定量値の信頼性が損なわれている場合も少なくない。そのため,論文を参照する際には,測定手法およびピーク帰属の妥当性を慎重に確認することが重要である。
我々は角質層セラミドの多様性の解明,多数のセラミド関連遺伝子(セラミドの合成,修飾,分解に関わる遺伝子;詳細は 「1. スフィンゴ脂質関連遺伝子の同定」 を参照)の同定,それらの遺伝子改変マウスの作成と解析,魚鱗癬や乾燥肌の角質層のセラミドプロファイリングを行い,角質層セラミドの多様性を生み出す分子機構,多様性の生理的意義,病態への関与について明らかにしてきた。今後はこれらの知見と技術を基にアトピー性皮膚炎や魚鱗癬を始めとする皮膚疾患の新たな診断法や治療法の確立につなげたいと考えている。